« NEWS CLIP 05/10/27 | Main | 国際ハップマッププロジェクト成果発表 »

2005.10.28

写楽はやはり他の浮世絵師ではなかった

Asahi.comより「一目瞭然、目の描き方に違いはっきり 写楽と他の絵師

江戸時代中期の謎の浮世絵師「東洲斎写楽」と、3人の高名な浮世絵師が描いた絵の目の縦横比や黒目の割合などを数値化して比べたところ、かなり大きな違いがあることが、甲南大の辻田忠弘教授(感性情報処理)の研究室のコンピューター分析でわかった。
写楽東洲斎写楽は、1794年(寛政6年)に登場し、95年にかけての10ヶ月間に役者絵を中心としておよそ140点の作品を発表し、その後忽然と消息を絶ちました。大正時代にドイツの美術研究家クルトが、写楽はレンブラント、ベラスケスと並ぶ三大肖像画家と激賞し、日本でも再評価されるようになりましたが、この「写楽は誰か」というのが浮世絵研究上最大の謎でした。

特に版元の蔦屋重三郎が無名の新人の絵を出版したのはなぜか、短期間に活動をやめてしまったのはなぜか、などといった点が謎解きの興味を生み、「写楽別人説」もいろいろな方面から唱えられてきました。

写楽別人説の主要なものは浮世絵師の葛飾北斎、喜多川歌麿、作家十返舎一九などですが、現在は「阿波藩蜂須賀侯のお抱えの能楽師・斉藤十郎兵衛だったのでは」という説が有力視されています。

辻田教授らは、写楽の絵の最大の特徴は目の描き方にあるとして、写楽、北斎、豊国、歌麿の4人が描いたそれぞれ7−10人の男性の目の縦の長さの横の長さに対する割合、黒目の幅の割合などのデータを数値化して比較。

その結果、目の縦横比と黒目の割合の平均値を比べると、写楽はそれぞれ0.61、0.37と丸っぽく黒目が大きかったのに対し、北斎は0.31、0.39と細長くて黒目が大きく、豊国は0.50、0.20と丸っぽくて黒目が小さく、歌麿は0.17、0.28と細長くて黒目が小さいという特徴が明らかになりました。

辻田さんは「4人が描く目には数値的に大きな違いがあり、3人が写楽と同一の絵師とは考えにくい」と言う。
東洲斎写楽が斉藤十郎兵衛だったというのはほぼ確実だと思われますが、なぜこのような短期間だけ活動したかなど謎はまだまだつきません。

|

« NEWS CLIP 05/10/27 | Main | 国際ハップマッププロジェクト成果発表 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/17506/6693526

Listed below are links to weblogs that reference 写楽はやはり他の浮世絵師ではなかった:

» だて男(壁にかかった複製画) [①いにしえに迷う ②だて男]
4人がけの正方形のテーブルに案内された。 腰を下ろして明るくて広い店内を見渡すと、バルセロナ出身のピカソをはじめ、ベラスケス 、ゴヤなどスペイン画家たちの複製画が、唐草模様をあしらったクリーム色の壁に所狭しと掛かっている。 スペイン人の高い芸術性を誇示し... [Read More]

Tracked on 2005.11.24 at 01:03 AM

« NEWS CLIP 05/10/27 | Main | 国際ハップマッププロジェクト成果発表 »