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2004.10.14

杉田玄白一門が華岡青洲に麻酔術を習っていた

麻酔といえばろくな思い出はありません。一番ひどかったのは頭の傷を処置しているときに麻酔が切れて「痛い!」って叫んでるのに「我慢、我慢」とにやりと笑った○○外科の先生です。あの顔は忘れるもんか(笑)

Asahi.comより「麻酔術「門外不出」説覆る 華岡青洲から杉田玄白一門に

 江戸時代の外科医、華岡青洲(はなおか・せいしゅう)が初めての全身麻酔手術に成功したのはちょうど200年前の1804(文化元)年10月13日。青洲の麻酔術は「門外不出」で普及しなかったとされてきたが、解体新書で有名な杉田玄白の一門に伝えられ、江戸でも乳がん手術が行われていたことを示す新資料を、松木明知・弘前大名誉教授(麻酔科)が東京都内の古書店で発見した。

手術の痛みをとるために人間はさまざまな方法を用いてきました。患部を冷やしたり温めたり。エジプトやインカの遺跡では、頭蓋骨に手術をした痕跡のある骨が発見されています。おそらく紀元前からある種の麻酔が行われていたことは間違いないでしょう。

近代的な麻酔の始まりは1864年。アメリカの歯科医モートンが患者にエーテルの蒸気を吸い込ませて全身麻酔を行ったのが最初といわれています。その後クロロホルムによる麻酔法が発明されました。

しかし、それをさかのぼること60年。1804年(文化元年)に華岡青洲が痛仙散という薬を用いて全身麻酔を行っています。ただ痛仙散の成分などが分かっておらず世界的には認知されていません。日本ではその10月13日は「麻酔の日」になってますが(笑)

 新資料「療乳(がん)記」は漢文6ページの小冊子。玄白の息子、立卿(りゅうけい)の乳がん手術記録をその弟子が印刷して関係者に配ったものだ。それによると、立卿の手術は青洲の手術から9年後の文化10年9月、江戸の玄白宅で行われた。「麻睡之剤」を用い、重さ数十グラムのがんを摘出、傷を洗い、香油を塗って縫合した。患者は6時間で意識が戻り、1カ月で回復した。青洲の弟子の宮河順達が玄白門下に入って数人に手術し、立卿が実際に見学したこと、青洲への感謝も書かれている。

当時の玄白は80歳。30歳近く年下の華岡青洲に手紙を出し素直に教えを請うているのはやはり医学にかける情熱からでしょうか。日本でもかなり麻酔が普及していたようです。

これで華岡青洲も世界的に認知されないかな。

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Comments

華岡青洲のこと、NHKドラマで初めて知りました。
確かにもっともっと多くの人に知ってもらいたい人物ですね。
それと、麻酔の日が10月13日だってこと、初めて知りました。
次回はそんなことをかみ締めつつ、麻酔を受けようかと思います。

Posted by: ちょび | 2005.03.04 at 09:42 PM

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